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大阪高等裁判所 昭和35年(ネ)777号 判決

控訴人(原告) 海外運送株式会社

被控訴人(被告) 大阪国税局長

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴人は、「原判決を取り消す。控訴人の昭和三〇年一月一一日から同年三月三一日までの事業年度分の所得金額二九万一四〇〇円、法人税額一二万三〇八〇円、重加算税額三万九〇〇〇円とした大阪西税務署長の更正決定に対する控訴人の審査請求について被控訴人が昭和三二年一月一一日付でした棄却決定を取り消す。控訴人の昭和三〇年四月一日から昭和三一年三月三一日までの事業年度分の所得金額一〇四万七四〇〇円、法人税額三九万三九六〇円、重加算税九万四〇〇〇円とした大阪西税務署長の更正決定に対する控訴人の審査請求について被控訴人が昭和三二年一一月一一日付でした棄却決定を取り消す。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は主文と同旨の判決を求めた。

当事者双方の主張は、

控訴人の方で、

(一)  山田利一はもと個人で運送業を経営していたものであるが、昭和三〇年一月一一日控訴人会社設立の後、利一は控訴人に対し利一所有の車輌を代金三五八万円で売り渡し、控訴人は同月一三日内金二三〇万円、翌一四日一二八万円計三五八万円を利一に支払つたところ、利一はその内金一六〇万円をもつてその引き受けた控訴人発行株式の払込のために借り受けたスタンダード石油株式会社に対する貸金債務一六〇万円の弁済にあて、八〇万円をもつて利一の堀、周防、海外等に対する従前の貸金債務の弁済にあて、残額一一八万円を預金及び現金で保有していたのである。さらに利一は同年一月二九日から四月二〇日までの間に個人営業当時の未収運賃計一六三万一六七七円(スタンダード石油株式会社に対し一〇一万四二八二円、山田商店に対し五七万一二一五円、関目工業に対し三万三九八〇円、波多野商店に対し一三〇〇円、鴻池組に対し四八〇円、敷島紡績城北工場に対し三七八〇円、桜宮高校に対し六六四〇円)を回収し、内金五四万八八三一円をもつて利一の個人営業当時の債務の弁済にあて、その残額一〇八万二八四六円を預金及び現金で保有していたものである。したがつて小泉保太郎名義の預金は「隠し金」でない。

(二)  原判決事実記載の(1)、(2)、(4)、(5)の小切手が山田美喜によつて現金化されたものにしろ、結局は控訴人振出、支払人株式会社勧業銀行天六支店(以下勧銀天六支店という。)の小切手によつて現金化されたものであるから、控訴人が甲第二号証の銀行勘定帳に小切手振出による預金引出の記帳をしたのは当然であつて、それは虚偽のものでないし、控訴人が甲第三号証の金銭出納帳に預金引出による現金収入の記帳をしたのも正当であつて、それは虚偽のものでない。この場合、山田美喜による小切手の現金化の記帳が行われるような例はないのである。原判決事実記載の(3)の小切手は、控訴人の旭タイヤ株式会社に対する債務の支払のため、振り出されたものであるが、同会社はその場で控訴人に対しこれを現金化するよう要請したので、山田美喜がこれを現金化した。すなわち、控訴人がこれを現金化したものでないし現金支払をしたものでもないから、控訴人は前記銀行勘定帳に同年四月八日小切手振出による預金引出の記帳をしたものであつて、あえて前記金銭出納帳(同月九日の欄)にこれを記帳する必要はないのである。原判決事実(原判決四枚目表二行目記載の(8)の小切手は、控訴人が山田美喜を介して海外、周防両名の名義で借り入れた借入金(事実は山田美喜自身が控訴人に貸与したもののごとくである。)の返済として、控訴人が山田美喜に交付したものである。したがつて控訴人が前記銀行勘定帳に小切手の振出による預金引出の記帳をし、総勘定元帳に銀行預金による借入金の返済の記帳をしたのは当然のことであつて、それは虚偽のものではない。

(三)  小泉名義の預金が控訴人会社設立前に一たん解約され、その設立後再び同預金口座が開設されているけれども、山田美喜は出資の必要上一たんその預金全額を引き出したものであつて、あえてこれを解約する意識はなかつたのである。

(四)  控訴人の得意先は、スタンダード石油株式会社、敷島紡績株式会社等ほとんど限られた有名会社であつて、その運送賃の支払の多くは小切手によるものであるから、これを簿外収入とする余地はない。しかも、その運送賃収入は、控訴人の従業員である各運転手の歩合給の基礎となつているところ、運転手は毎日運転日報を提出しており、これによつて運賃が計算された結果運転手より歩合給の請求が行われる仕組であつて、控訴人が運賃収入を簿外収入として取り扱うことは不可能である。したがつて控訴人が原判決事実記載(1)から(5)までの各支払を、その簿外所得である手許現金で支払い、他方これに見合う小切手を振り出しながら小泉名義の預金口座に入金したようなことはないばかりでなく、控訴人が原判決事実記載の(7)の出金三二万円中三〇万円で大阪トヨタ自動車株式会社に対しニツサンローリー車購入代金を支払いながら、小泉名義の預金を隠すため甲第六号証の総勘定元帳の借入欄に海外、周防両名からそれぞれ一五万円計三〇万円を借り入れたように虚偽の記載をし、かつその返済の名目でこれに見合う小切手二通を振り出して小泉名義の預金口座に裁判決事実記載の(8)の入金をしたようなこともないのである。

(五)  控訴人は、その設立当初計理士より、給料の支払にあたつては経理の明確を期するため、一応小切手を切るよう勧告されていたし、在庫現金の余力が少くなることに、山田利一は労働者上りの中小企業者の常として不安を抱いていたばかりでなく、銀行勘定帳記載の銀行預金残額は、必ずしもそのまま引出可能の預金額と合致するものではない。なぜなら、他より受け取つた小切手が支払人である銀行に振り込まれるとその所持人の銀行勘定帳には直ちに預金額として記帳されるけれども、その小切手が手形交換所を廻つて現実に取引銀行に対する預金となる、つまり引出可能のものとなるにはなお数日を要するからである。それゆえ、銀行勘定帳の記載あるいは外観上、定期的に支払う給料を支払うに足りる預金額があつても、現実には必ずしもその預金があるとはいえないこともあるのである。

(六)  控訴人会社は、前述のように昭和三〇年一月一一日に設立されたのであつて、その翌月つまり同年二月分の、控訴人の従業員に対する給料の遅配があつたのであつて、控訴人は従来これと矛盾する主張をしていない。山田利一が右従業員に対する給料の前貸をしたからといつて、控訴人の右給料債務が消滅するものでないから、その月分のその未払給料があるときは、帳簿上未払金科目を起し、控訴人がこれを支払つたときに、右未払金を消すため未払金科目で支払つた旨記載するものであつて、これを実際にそわない記載ということはできない。山田利一がその給料の前貸をしたのは控訴人の従業員中の一部少数の者だけであつて、この者に対しては格別、その他の従業員に対する給料支払のため控訴人が振り出した小切手を急速に現金化する必要があつたのである。山田利一は、前述したように、個人営業当時の車輌を控訴人に売り渡した代金の前記残額一一八万円と未収運賃を回収したものの前記残額一〇八万二八四六円とを現金及び預金として保有していたのであるから、その受取小切手を換金する必要はなかつたのであつて、小泉名義の預金は、山田美喜がいわゆる「へそくり」として保有する必要があつたのである。

(七)  控訴人は、小切手がその支払人以外の者によつて現金化されたときは、手形売買あるいは手形貸付に準じて会計原則に従い経済的なその動きを記帳すべきであると被控訴人は主張するけれども、このような記帳は企業会計における簿記上全くあり得ないのである。小切手は、手形と異り主として現金支払の用具として用いられるものであり、簿記学上小切手は現金として取り扱われるものであるから、控訴人が小切手を振り出し、これが支払人でない山田美喜によつて現金化された場合、控訴人がこれを銀行勘定及び現金勘定(現金による支払勘定)として処理したことは簿記学上当然のことである。

と述べ、

被控訴人の方で、

(一)  控訴人は従業員に対する給料を、その設立から数カ月後には、正規に毎月末に支払つており、山田利一の方で毎月相当の給料を前貸していたという(控訴人の昭和三四年六月一三日付準備書面第三項)のであるから、甲第三号証の金銭出納帳中昭和三〇年三月一四日の欄に、その給料が支払われるべき月の翌月の同年三月一四日に支払われた旨の記載や当該支払分の翌月に未払金科目で支払われた旨の記載(利一が前貸代払しているものであるならば、「未払金」とならない。)は、実際の支払と一致してない。もし利一が給料を前貸したものとすると、控訴人の方でその受取小切手を急速に現金化する必要はなく、控訴人は利一の前貸代払金の返却のため小切手を利一に交付すれば足りるのであるから、小切手と交換した現金で主として従業員の給料の支払をするようなことはあり得ない。

(二)  利一が控訴人のためにその主張の小切手と自己手許の現金とを交換したものとすると(その換金額は、山田美喜が原審で証言している、その日頃の手許現金一五万円か一六万円の大半に当る。他方、利一の個人営業当時の収入金の大半が勧銀天六支店等の定期預金等に預け入れられてあつたことは、控訴人の主張するとおりである。)、利一の右受取小切手はすぐ換金して手許現金を補充しておくべき筋合であるのにかかわらず、右小切手はすべて仮空の小泉名義の預金口座に預金されている。したがつて控訴人の営業の性質上及び取引銀行が控訴人の店舗より遠隔の地にあつたため、利一の方で常にその手許に現金を置く必要があつた旨の控訴人の主張は、事実に反するものである。

(三)  控訴人が本件各小切手を振り出した各日時(右小切手は先日付でないから帳簿記入の日がその振出日である。)、控訴人が在庫現金を有していたことは、甲第三号証の金銭出納帳の残高記載に照らし明白であるばかりでなく、給料の支払は定期、定額のものであつてあらかじめ準備できるものであり、利一の方でその支払のため振り出された小切手を現金化する必要はなかつたのである。受取手形、小切手が現実にその所持人の預金となるには、手形等交換に要する日数経過後であるとしても、支払手形等の交換にも同様の日数を要するのであつて、本件各小切手振出当時それが不渡となるようなおそれがなかつたことは、前記銀行勘定帳の記載上明らかである。

(四)  控訴人振出の小切手を利一が現金化する場合、控訴人の帳簿上利一からの借入金の記載をするような事例はないと控訴人は主張するけれども、小切手を現金化するため支払人以外の者にその小切手を交付するような事例こそ例外的なものであつて、このような例外の場合は、会計原則に従い、手形売買または手形貸付に準じてその経済的な動きを記帳すべきである。

(五)  控訴人は、当該支払科目を、その支払の必要の生じた日時に控訴人の簿外所得である手許現金で支払つておいて、後刻その支払に見合う小切手を振り出し、あたかも右支払科目をその小切手で支払つたように仮装し、その小切手を仮空の小泉名義の預金口座に預金していたのである。したがつて右小切手金額は簿外所得に相当する金額である。もつとも、小泉名義の預金口座のうち昭和三一年二月一八日の小切手入金額三〇万円は、昭和三〇年一一月一六日の出金三〇万円に対する返済の趣旨で借入金元帳において支出され、小泉名義の右預金口座に入金されているので、大阪西税務署長は、更正決定をする際、これをもつて控訴人の簿外所得を隠すためのものでないと認定したのである。

と述べたほか、

いずれも原判決の事実記載と同一であるから、これを引用する。

当事者双方の証拠の提出援用認否は、

控訴人の方で、

当審証人平野繁敏、山田利一の証言を援用したほか、

いずれも原判決の事実記載と同一であるから、これを引用する。

理由

当裁判所が控訴人の本訴請求を失当として棄却すべきものとする理由は、次の(一)から(七)までのように付加訂正するほか、原判決理由(原判決一〇枚目表六行目から同裏末行の「開設せられていること、」まで、同一一枚目表一一行目の「原告会社」から同一三枚目表九行目まで、同一六枚目表九行目から同裏八行目まで)と同一であるから、これを引用する。

(一)  原判決一〇枚目裏一二行目の「前日」の下に「の昭和三〇年一月一〇日預金残額及び利息計二六万六一九一円全額を引き出して」を加え、同一二行目の「解約したが、」の下に「その使途は明らかにされておらず、」を加え、同一一枚目裏八行目の「である」の下に「(以上の事実は当事者間に争のないところである。)」を加え、同一二枚目裏九行目の「山田美喜」から同一一行目の「引出したもの」までを「前示預金口座から引き出された三〇万円と他の所用のために引き出された二万円との合算額」と改め、同一三枚目表八行目の「であること」の下に「((1)、(3)から(5)まで、(8)の各入金額がそれぞれ前示各小切手の入金されたものであり、(2)の入金額が(2)の小切手と現金一八五〇円との入金されたものであり、(6)、(9)の入金額がいずれも預金利息であり、(7)の出金額が前示のとおりであることは当事者間に争がない。)」を加え、同九行目の「証拠はない」の下に「(信用制度の発達した今日においては、各企業間の取引決済は、多く銀行の当座預金を媒介として行われ、しばしば支払は当座預金に対して振り出された小切手で行われる。当座預金は法律上預金者の債権であるけれども、経済上通貨と同様に取り扱われるのであつて、通常、小切手の振出は当座預金の引出すなわち減少として取り扱われるから、簿記の当座預金勘定では、小切手が振り出された場合、「貸方」において「引出額」が記帳される。それは必ずしも、その記帳の日において現実に当座預金が引き出されたことを意味しない。)」を加える。

(二)  右認定によると、(1)から(5)までの小切手五通と(8)の小切手二通とは、控訴人の勧銀天六支店における当座預金を資金として、小泉名義の普通預金口座に振り込まれており、他方(1)(2)(4)(5)の小切手四通は、控訴人の従業員の未払給料その他の支払のために振り出され、(3)の小切手は旭タイヤ株式会社に対する買掛金債務の支払のために振り出され、(8)の小切手二通は帳簿上海外、周防に対する借入金債務の支払のために振り出されているところ、(1)から(5)までの支払は、右(1)から(5)までの各小切手の支払銀行である勧銀天六支店が支払人として、行つたものでないことが明らかである。

(三)  そこで、(1)から(5)までの支払は、何人によつて行われたものであるかを検討してみなければならないのであるが、控訴人は、山田美喜が控訴人の依頼に応じ美喜の保管する山田利一所有の現金をもつて(1)(2)(4)(5)の各小切手を現金化し、(3)の小切手の受取人である旭タイヤ株式会社の依頼に応じて美喜がその保管する利一所有の現金をもつて(3)の小切手を現金化したものであると主張し、被控訴人は、(1)から(5)までの支払は、控訴人の簿外所得である手許現金をもつて行われたものであると主張するので考えてみよう。

(イ)  前示甲第二、第三号証、原審証人山田利一(第二回)の証言によつてその成立の認められる甲第八号証から第一〇号証まで、原審(第二回)及び当審証人山田利一の証言によると、山田利一は前示(引用にかかる原判決一〇枚目裏七行、八行目)のように昭和九年から個人で運送業を営んでいたのであるが、昭和三〇年一月一一日控訴人会社設立の直後控訴人に対し自己所有の車輛を代金三五八万円で売り渡し、同月一三日内金二三〇万円、同月一四日一二八万円計三五八万円を控訴人から受け取り、内金二四〇万円は自己の貸金債務の弁済にあて、その残額一一八万円を保有し、利一は個人営業当時の、その株式会社スタンダード石油株式会社大阪発売所ほか二名に対する運送賃債権計一六一万九四七七円を同年一月中から同年三月中までの間に取り立て受領し、内金約五五万円をもつて利一の従業員に対する未払給料債務の支払にあて、その残額約一〇七万円を保有したことが認められるところ、利一が前示一一八万円のうち一〇〇万円を勧銀天六支店に定期預金として預け入れ、右約一〇七万円の大部分を株式会社住友銀行天六支店に普通預金として預け入れたことは当事者間に争がない。原審証人山田利一の証言(第二回)のうち山田利一がその妻の山田美喜に対し前示車輛売却代金残額一一八万円、前示未収運賃残額約一〇七万円計約二二五万円を手渡した旨の部分、当審証人山田利一の証言のうち山田利一は自動車(車輛)売却代金約三八〇万円と運送賃約一六〇万円との一部だけを定期預金にし残余を山田美喜に管理させた旨の部分は信用できない。原審証人山田美喜の証言をもつては、山田美喜が昭和三〇年一月以後山田利一から依頼されて、(1)から(5)までの小切手(金額六六万四七二七円)を現金化するに足りる、利一所有の現金を保管していた事実を確認するに足りないし、他に美喜が利一から依頼されて右現金を保管していた事実を認め得る証拠はない(同証言のうち美喜が(1)から(5)までの各小切手を控訴人の申出に応じて現金化した旨の部分は信用できない。)。なお、山田利一自身が自己の計算において右各小切手を現金化していないことは前示山田利一の証言、弁論の全趣旨によつてうかがわれるところである。

(ロ)  前示甲第二号証によると、控訴人の勧銀天六支店当座預金勘定帳には、(1)の小切手(金額一八万六五九八円)振出の日の昭和三〇年三月一四日残高二六万六五九九円、同月二一日残高二三万六〇九九円、(2)の小切手(金額一二万九六〇〇円)振出の日の同年四月一日残高六四万八四二九円、同月六日残高六一万九六九九円、(3)の小切手(金額九万二〇〇〇円)の振出の日の同月八日残高三一万八六〇九円、同月九日残高四〇万八三八九円、同月一一日残高六一万八三八九円、(4)の小切手(金額一三万三二一七円)の振出の日の同年五月二日残高七六万四〇六九円、同月五日残高六八万一八三九円、(5)の小切手(金額一二万三二一二円)振出の日の同年六月三日残高六四万二二三八円、同月六日残高四六万九五四一円の各記載があることが認められ、前示甲第三号証によると、控訴人の金銭(現金)出納帳には、(1)の小切手振出の日残高一七万二〇二〇円、その翌日の同年三月一五日残高一七万〇六一〇円、同月一六日残高一五万六九八〇円、(2)の小切手振出の日残高一七万五三〇七円、その翌日の同年四月二日残高一七万〇八〇〇円、同月三日残高一六万六三五〇円、(4)の小切手振出の日残高一三万六八一九円、その翌日の同年五月三日残高一三万五六一四円、同月四日残高一三万四五〇九円の各記載があることが認められ、したがつて控訴人の前示当座預金口座における他人振出の手形、小切手の振込から取立完了(取立完了の時に預金が成立するものと解する。)までに数日を要する(控訴人振出の手形小切手の振込から取立完了の時までに同じように数日を要する。)としても、その数日間(1)から(5)までの小切手の振出の日から数日間それが支払われるのに必要かつ十分な当座預金残高、在庫現金があつたし、その見とおしもあつたものというべきである(とすると、控訴人は在庫現金が僅少で不安を感じ、かつ引出可能の預金が少なかつた旨の控訴人の主張は採用できない。)。

(ハ)  前示のように山田美喜は昭和三〇年一月一〇日従前の(すでに解約されているもの)、小泉保太郎名義の普通預金口座から預金とその利息との全額二六万六一九一円を引き出したが、その使途は明らかにされておらず、したがつてこれをもつて(1)から(5)までの小切手五通(金額合計六六万四七二七円)の一部を現金化したものということはできない。

(ニ)  小泉保太郎名義の、昭和三〇年三月一七日開設された前示普通預金口座の預金は、前示(引用にかかる原判決一一枚目裏八行目から同一三枚目表三行目まで)のように、現金一八五〇円を除いて全部(1)から(5)まで、(8)の各小切手による入金であり、右普通預金のうちの三〇万円をもつて控訴人が大阪トヨタ自動車株式会社から購入した自動車ニツサンローリーの代金支払が行われている。

(ホ)  原審証人山田利一の証言(第一回)によると、控訴人の営業所と当座預金取引銀行の勧銀天六支店との距離は、約四キロメートルであることが認められるけれども、控訴人が通信・交通機関を利用できることは、前示のように控訴人の営業が運送業であることから推認されるので、右の距離約四キロメートルをもつて必ずしも遠距離ということはできず、ことに(1)(2)(4)(5)のその従業員の給料は定期的のものであつて、控訴人はあらかじめその支払準備をすることができるものであり、控訴人がとくに第三者から小切手の現金化を受ける必要はないものというべきである。

(ヘ)  前示自動車ニツサンローリーの購入代金は、前示のように小泉名義の前示普通預金中の三〇万円で支払われており、前示(引用にかかる原判決一三枚目表一行目から七行目まで)のように、右普通預金口座に(8)の小切手二通による計三〇万円の入金があるにかかわらず、甲第六号証の総勘定元張には、海外文右衛門、周防礼治から控訴人が各一五万円計三〇万円を借り入れ、これをもつて右自動車購入代金の支払にあてた旨虚偽の記載が行われ、甲第二号証の銀行勘定帳には、(8)の小切手二通が控訴人の海外、周防に対する借入金返済のために振り出された旨虚偽の記載が行われているのであつて、この虚偽の各記載は、小泉名義の普通預金口座を隠すためにされたものと推認せざるを得ない。

(ト)  前示普通預金の名義人小泉保太郎は、前示(引用にかかる原判決一〇枚目裏一〇行、一一行目)のように架空人である。

(四)  以上(イ)(ロ)(ハ)(ニ)(ホ)(ヘ)(ト)の事実を総合すると、(1)から(5)までの各支払は、山田美喜または山田利一がその資産をもつてしたものではなく、控訴人自身がしたものであつて、控訴人の帳簿に記載された収入あるいは所得によつて行われていないことが明らかである。すると、前示各支払は、いずれも控訴人の簿外所得をもつてされているものと推認するほかはない。

(五)  控訴人は、その得意先は株式会社スタンダード石油株式会社その他の有名会社に限られており、控訴人に対する右得意先の支払はすべて小切手で行われているばかりでなく、控訴人の従業員の給料は運転日報によつて計算された運送賃に基づいて支払われるのであるから、控訴人はその収入の運送賃を隠して簿外所得とする余地はないと主張するけれども、当審証人山田利一の証言のうち控訴人には現金収入は全然ない旨の部分は信用しがたく、同証言のうちの他の部分によると、控訴人の得意先は、山田利一の個人営業当時とほとんど変化がなく、小さい得意先も若干あることがうかがわれるので、控訴人に現金収入がなかつたということはできない。またたとえ控訴人の運転手の給料が運転日報に基礎をおくものであつても、これをもつて、直ちに控訴人が運送賃収入を隠すことができないものと認めなければならないものではないばかりでなく運転日報は一般に決算手続を行うに必要な仕訳帳等の記入に欠くことができない証憑書類ということができないし、控訴人が決算手続を行つたとき、右運転日報を仕訳帳等の記入の証憑書類としたことを確認するに足りる証拠はない。控訴人の右主張は採用することができない。

(六)  (1)から(5)まで、(8)の各小切手が、架空の小泉保太郎名義の普通預金口座に、控訴人の当座預金を資金として、振り込まれたものであることは前示のとおりであつて、控訴人主張のように山田美喜が山田利一所有の現金をもつて右(1)から(5)までの各小切手を現金化したものでなく、かつ(2)の現金一八五〇円の入金が(2)の小切手による入金と併せてなされている以上、(a)控訴人の第一期分における右(1)の小切手(金額一八万六五九八円)の入金による預金債権一八万六五九八円、(b)第二期分における(2)から(5)までの各小切手(金額計四七万八〇二九円)の入金による預金債権四七万八〇二九円と(2)の現金入金による預金債権一八五〇円との合計額四七万九八七九円、(6)の五八八〇円及び(9)の五五〇五円の各利息債権以上合計四九万一二六四円から前示引出額二万円(前示自動車ニツサンローリー購入のため引き出された三〇万円とともに引き出された二万円を差し引いた残額四七万一二六四円の預金債権(つまり第二期分の、小泉名義の普通預金口座における預金残額及び利息債権)は、いずれも控訴人の隠ぺい・仮装した簿外所得であるといわなければならない。

(七)  原判決一六枚目裏四行目の「法人税」を削る。

そうすると、控訴人の本訴請求は失当として棄却すべきであつて、右と同趣旨の原判決は相当であり本件控訴は理由がないから民訴法三八四条八九条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 山崎寅之助 山内敏彦 日野達蔵)

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